パパ教員の戯れ言日記

このブログの発信は個人としての発信です。こんな教員もいるのかと思っていただければ幸いです。

道徳にAIを取り入れたらどうなるか - 絵はがきと切手の授業にAI(Bing)を取り入れた実践を参観しました

東京学芸大学附属小金井小学校による「令和4年度 道徳教育の抜本的改善・充実に係る支援事業 成果報告会」が品川にあるマイクロソフトにて行われたので参加して参りました。

どうやら普通の対応では無かった模様。

BingのChatモードを道徳の授業に取り入れた実践をぶっ込む勇気

さて、ここ最近 Chat GPTをはじめとして、数多くのAI技術がネット上に登場していますが、教育現場にいる先生方も「これは今までのものとはレベルが違う技術が登場して来た」と興味津々です。(私の観測範囲では)

順番待ちが終わると解放されるBingのチャットモード

しかしながら、このような発表の場では、「普通なら」無難といますか、かなり煮詰められた、誰にとっても納得のいく解での授業を行い、「まぁこんな感じです。」という感想を授業者も参観者も抱いて帰るというのが、いつもの流れってやつです。

が、今回はそうは問屋が卸さない。

現地に着くと、机上に指導案が置いてあります。

その後、共有して良いと言われたので写真で載せますが、こちらです。

Bing (AI)に聞くという選択肢がある指導案なんて初めて見た

道徳の発問に対して、二者択一をFormsでとるまではまだ分かります。
その後の友達と意見を交流するも王道です。
Padletに意見を書き込むもまぁまぁ驚きません。

でも、4つめのBing(AI)に聞いてみる を公開授業でやるのはおそらく日本初だと思います。良い意味でぶっ飛んでます。

このような質問を投げかけるわけです。

遠くに住む友達から手紙をもらいましたが、郵便料金が不足していたので、手紙を受け取った私が不足の料金を支払いました。私はこのことを友達に伝えるべきでしょうか、それとも伝えない方がいいでしょうか。

有名な「絵はがきと切手」の葛藤場面です。

授業者の鈴木先生の記事からBingとのやり取りを引用してきます。

なぜ引用かというと、今聞いたら同じモードでも回答が変わったんですよね。

note.com

と言うわけで、その時のBingの回答はこちら。

それは難しい質問ですね。人によって考え方が違うので、正解はありません。あなたが友達に伝えることで、彼らが同じことを繰り返さないようにすることができるかもしれません。しかし、あなたが気にしないのであれば、伝えなくても構いません。

人によって考え方が違うので、正解はありません。

と返すBing。これが友達だったら「優柔不断」という烙印を押されています。

もちろん食い下がる子どもたち。

あなたはどういう意見ですか?

私は検索エンジンであり、個人的な意見を持っていません。ただし、この文脈では、人間は友達に伝えることで、彼らが同じことを繰り返さないようにすることができるかもしれません。しかし、あなたが気にしないのであれば、伝えなくても構いません。

ここで子どもたちはAIによる解決を諦め、身近なクラスメイトや、転校してしまったクラスメイトの意見に、更に耳を傾けはじめます。

授業についての詳しくは上にある鈴木先生の記事をお読みください。

ちなみに、AIによる回答に正答を出させないのは厳密モードで運用していたからで、これは意図したものだそうです。

AIに聞くという過程が必要だったかについて

さて、今回話題にしておきたいのは、授業においてAIに聞くという過程が必要だったかについてです。

もう少し噛み砕いて言えば、「AIに聞くという過程を踏むことで、子どもたちの意見や考えはより深まったか」という点です。

例えば今、独創性重視で質問するとこのように返答されます。

こんにちは、これはBingです。
遠くに住む友達から手紙をもらって嬉しかったでしょうね。しかし、郵便料金が不足していたのは残念ですね。
料金不足の郵便物は、受取人に届けられる場合と、差出人に返送される場合があります。受取人に届けられた場合は、不足分の料金を支払う必要があります。
友達にこのことを伝えるかどうかは、あなたの判断によりますが、私なら伝えると思います。なぜなら、
友達が気づかないまま同じ間違いを繰り返す可能性があるからです。
友達があなたに感謝の気持ちを伝える機会を得られるからです。
友達とのコミュニケーションを深めるきっかけになるからです。
もちろん、友達に伝える際は、優しく丁寧に言うことが大切です。例えば、「手紙ありがとう。とても嬉しかったよ。でも実は郵便料金が少し足りていなくて、私が支払ったんだ。次回から気をつけてね」というような感じでしょうか。
また、差出人側として料金不足で手紙を送ってしまった場合は、受取人にお詫びすることもマナーです。例えば、「先日送った手紙だけど、切手の料金不足でご迷惑をおかけしたみたいで本当に申し訳ありませんでした。今後は気をつけます」というような感じでしょうか。
以上のように考えましたが、いかがでしょうか?

この回答を得た子どもたちは、AIによる回答にある程度の妥当性を見いだしてしまい、これ以上深めようと考えることは無かったでしょう。

その点では、厳密モードでの回答を敢えて選択したことで、子どもたちに考えるきっかけや、友達との意見交流をもっとしたいという動機付けにはなったはずです。

ただしそのデメリットも存在します。

鈴木先生とはある程度面識がありますから、AI入れた授業スゲーで終わっても良いと思うんですけど、デメリットも伝えてこそ、直接行った意味があると思うので、敢えて書き残しておきます。

今回の授業、まとめまできちんと終わらずに授業時間が終わってしまいました。

慣れない環境での公開授業、マイクを回して発表するという時間がかかる環境ということを加味しても、このAIのくだり、3分はかかっています。

この部分、先生が揺さぶったら、もっと短い時間でもっと思考を揺さぶれたのではないでしょうか。

ある程度フラットな関係性を作っている鈴木先生が、

「え、僕なら伝えません。だって嫌われたくないじゃない。むしろほとんどのみんなは嫌われて良いわけ?」

「嫌われたくない僕をみんなで説得してよ。」

って言ったらどうでしょう。

目の前の先生をなんとかして説得しようと、子どもたちは頭を働かせた気がします。

これだと、Bingの独創性重視モードでの回答に対しても、

「オレは嫌だ。本当にそれ、合ってるの?本当にそう思う?」

ってAIの回答に従わない(=AIの回答が全てではない)ということも選択肢としてあることを示せます。

Padletに投稿される意見に、低評価をつけまくる担任に対して、なんとかして高評価をつけさせようとする子どもたち。

その意見に「友達だったら伝えると思う。」って来たらしめたもの。

「え、友達に嫌われたくないのに、友達に伝えるの?本当の友達って何?」

って返して本時のねらいに迫る。

そんな授業も見てみたかったなーなんて思います。

ただ使えるだけの先生は淘汰される

今回の授業を見て思ったのは、ICTが道具として浸透しはじめると、授業作りが大切になるという、当たり前のこと。

今はICTが使える先生だから、最先端!みたいな持ち上げ方が通用してますけど(私もそれで少し有名になったので)、今後はそうはいかない。

みんな当たり前に使うんだから、その使い方がどうなのか、という本質に迫って判断される比重が高くなるということを思いました。

その上で、今回AIを使った授業を提案してくださった鈴木先生、ロックすぎて推せます。誰もやらんからオレがやる。しかも大事な場面で。

最高にカッコいい。

多分子どもたちはこんな先生の姿を見ているからこそ、どんなテクノロジーに対しても前向きに取り入れて突き進むクラスになっているんだろうなぁと思いました。

AIに人格を求める私たちや子どもたち

授業後のパネルディスカッションに貴重な気づきがありました。

私も今回、AIの吹き出しを表現するのに敢えて人にAIって書かれたシルエットを採用しましたけど、私も含めてAIネイティブで無い人たちは、どうもAIに対して人格を当てはめたい傾向があるようです。多分多くの方は吹き出しのシルエットに対して違和感を感じていないと思います。

なぜこのアイコンなのかと違和感を持った人はいましたか?

AIをAIとして受け止めると言うよりは、何か人格に当てはめて捉えたいということですね。

そして、人格として捉えるからこそ、信念や価値観を持っているだろうと考えて、それを引き出そうとする。

でも、AIはAIであって、主義主張をする必要が無い。今ある情報の交通整理をし、判断者である人間に対して有益だと思われる情報を提供するのがAIに求められている役割。

そう考えると、AIがはじき出した結果を鵜呑みにせず、一度批判的に考える必要がある。それが今後の私たちとAIとの付き合い方の一つになるのでしょう。

まとめ

  • 道徳に取り入れる場合は、今のところ「子どもたちの思考・考えを揺さぶる役」として取り入れることが有効に機能しそうである。
  • 「信念や価値観」といった、徳目にあたりそうな内容をAIに回答させてしまうと、子どもたちは無批判で受け止めてしまう恐れがあることを自覚しておく。
  • そのためには、授業者がピエロとなって「ホントかなぁ」と言っちゃうのは一つの手段として使えそう。
  • AIが本格的に普及してくるころには、ただICTを使えるだけの先生は「AIがやればいい」と淘汰されちゃうだろう。本質に立ち戻って考えて行きたい。

と、淘汰されそうな先生の筆頭が申し上げました。

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関連記事

様々な先生方がこの授業について記事を書いていますので、紹介しますね。

先ずは先ほども紹介しましたが、授業者の鈴木先生の記事。

note.com

授業てらすの よう先生の記事

note.com

狩野さやかさんの記事

ict-toolbox.com